2011/10/21

近況

南仏は先週まで夏のような気温だったのに、 昨日あたりから急に秋を通り越し、冬かと思うくらい寒くなりました。
もしかしたらミストラル(強い北風)のせいかもしれませんが。
これから南仏にいらっしゃる方は、寒さに気をつけてください。
パリより寒いときもあるんですよ。


私の方はそろそろ暇になるはずだったのですが、10月も11月も楽しいお仕事続きでおかげさまで忙しくなりました。
もしかしたらそのままクリスマスに突入してしまいそうな勢いです。

ブログを更新したくてもなかなか出来そうになく、「来週は更新する」と宣言してもできないという南仏的マルセイユの人々のようないい加減な状態でございます。
こんな事ブツブツ言ってるならサッサッと写真選んでブログ書けばいいんですけどね。
ちょっとお知らせがてらにつぶやいてみたくなりました。

次回の更新は多分11月2週目か3週目になりそうです。
いつも楽しみにしてくださっている方には申し訳ありません。

翻訳などのお仕事で「急ぎませんよ」とおっしゃってくださっているお客様もいらっしゃいますが、結構お待たせしてしまっているのはいつも気になっています。
なるべく早く片付けるようにいたしますので、よろしくお願いいたします。
メールのお返事もお待たせして申し訳ございません。



これに懲りずに気長にお付き合いくださいませ。

2011/10/07

ルルドおまけ

ルルドはノートルダム大聖堂だけではありません。
見所が他にもあります。
という事で、ノートルダム・ド・ルルドから見えたお城へ行って見ることに。
 上にある城まで坂を登ります。

 坂の上にはこじんまりした町がありました。

 お城に到着。

 さっきは下からこのお城を見ていたわけですから、ノートルダム・ド・ルルドも遠くに見えます。

ルルドの城塞。


 下にはプールと不思議な庭があるホテルが見えます。

 そのホテルの遠くにノートルダム。
結構歩きましたね。

 お城の中はというと、17~19世紀頃の郷土博物館のようになっています。
入場料5ユーロ(だったかな?)
食器棚に飾ってあるオーバルのお皿・・・ほしいな~。

 食器棚の隣にはベッドが!
そうです。
昔はキッチン兼ダイニング兼寝室だったようです。
なぜか?
暖炉のある部屋または料理をする部屋は火を使うから暖かく、寝室より快適だったそうです。
そこで寝れば火の番もできるし一石二兆と言う訳です。

棒にリンゴが・・・。
これは今で言う結婚式のケーキです。
昔は素朴だったのですね。
村で結婚式を挙げるとき、ツリー型になったリンゴをリボンで飾ってお祝いとしていたようです。

 オーバル皿・・・ほしいっ。
ムスティエに似ていたりしますが、この地方でも19世紀にこの手の食器が流行ったので、似たような装飾になっています。
19世紀の食器ってなんて味があるんでしょうか。


 資料館の外側。



この後まだ車でスペインまで行かなくてはならず、 名残惜しいけど次に進みます。



2011/10/05

聖母マリアが現れたルルドの泉へ

夏の思い出3です。
ルルドもいつか行ってみたいと思っていたところ。
マクロビの研修がピレネー地方で近かったので、せっかくなので行く事に。

ルルドに着いてワクワクしながら大聖堂へと向かいます。
 と、その前にルルドの泉のお話で欠かせない人物、ベルナデット(ベルナデッタ)の父方の家がありました。
 周りは高い建物になっているのに、この家だけ挟まれるように残されてなんだか苦しそう。

こちらがベルナデットの生まれた家。

1858年2月11日、ベルナデットが14歳のとき洞窟方面へ薪を拾いに行きましたとさ。
そのときベルナデットが洞窟の中に現れたマリア様を見てしまいます。
マリア様はベルナデットに水を飲んで顔を洗いなさいと言います。
ベルナデットは近くに水が無かったので、近くの川へ行こうとします。
そうすると、マリア様が洞窟の下の方へ行きなさい、と指差した場所から水が湧き出たという始まりです。
始めは濁っていた水もだんだん清水となり飲めるようになったとさ。
その後、マリア様が自分の存在を皆に知らせ、この泉が奇跡の力があるのだと知らせなさいと命じたそうです。
そしてこの地に礼拝堂を建てるよう神父さんに伝えなさいと・・・。
大変なお役目です。
そして、この泉の水を飲んで病気が治った人がでて来ました。
各地の司教もこの地を訪れるようになり、崇められる地となります。
1864年聖母マリア像が洞窟の中に建てられます。
その後、奇跡が信じられ1876年、聖母マリアに冠がかぶせられます。

聖母マリアの代弁者となったベルナデットはその後、ブルゴーニュでシスターとして献身的に人々に尽くします。
しかし残念な事に35歳という若さで亡くなります。
ブルゴーニュの修道会の上司から嫌われていたのだそうです。


1933年ローマ法王によりベルナデットは聖人(聖女)となりました。
聖人として認められるかどうかの調査をするために掘り起こされたベルナデットの死体は、腐敗せず生前のままの姿だったそうです。(怖っ)

ベルナデットの話がながくなりましたが、ルルドのノートルダム大聖堂の写真も見てください。

 手前にはたくさんの十字架が展示してありました。
世界中から巡礼しに来た信者の人達の物のようです。

 聖堂左横のきれいなモザイク


 大聖堂内。
豪華できれいな作りの聖堂です。




 上から見た川。
ベルナデットはここに水を飲みに行こうとしたのでしょう。

 教会の方には、いくつものきれいなステンドグラスがあり、そのひとつひとつがマリア様出現のお話を表しています。
 初めてマリア様がルルドの洞窟でベルナデットの前に現れ、ベルナデットに十字の切り方を教える場面です。

 これは、病気だった人がルルドの水を飲んで治癒したというお話の場面。

 壁には御心。
ハートを模ったオーナメントがたくさんありました。

 大聖堂の右脇にルルドの泉があります。
そんなに人は多くないのですが、車椅子の方優先なので、結構待ちました。
だって車椅子で来ている方の数が半端じゃ有りません!
さすが奇跡の泉です。
マリア様像が上の方に。
泉を見学して通る人達は皆洞窟の岩をなでながら歩いていました。
なので、手で触る位置の岩がツルツルです。

 昔の地方の言葉で、「私は無原罪の御宿りす」と書いてあります。
ベルナデットに自分の名前を告げるときに言った言葉だそうです。
罪なくして神を身ごもった者、とでも言えば分かりやすいでしょうか。

 あっ、もしかして?
 泉だ~!
ガラスのカバーに覆われているっ!
でも泉が湧き出ている(?)のが見えるっ。

 泉の手前に蛇口が並んでいるところがたくさんあって、こっちで水を頂けます。
私達はペットボトル2本分頂きました。

 キャンドルも購入して、お供えしました。
健康なので自分の事はなにも祈りませんでしたが、お礼を言いたくて、ありがとう、と。

 上には上がいるもので、大きな飾り立てられたキャンドルもたくさんありました。

 聖地なのでおしゃべりは禁物です。
上の写真で右下にいるご婦人が「シーッ」という係りの人で、無言でいられないフランス人、イタリア人、スペイン人に向かってシーッと言って注意していました。
しかし、このご婦人の大きなシーッに聖地な場所が台無しです。(笑)

 静かにしないと怒られますよ。


 一緒に行った相方は、はじめルルドにあまり行きたくないような様子でした。
ルルドは相方が12歳の時に亡くなったお父さんが、若いときに不治の病で2ヶ月持つかどうかと言われご両親と奇跡を信じて来た場所だったのです。
相方のお父さんはそのとき19歳。
そのおかげでとも言うべき、お父さんは40代まで生きたんだそうです。
そして相方が存在するわけですから、ありがたい事です。
特別な思いがある場所、だったのですね。

私は会うことの出来なかった義理父ですが、このルルドの地で会えたような気がしました。







2011/10/03

夏の思い出2 ポー

ポーっとしている訳では有りません。
ポーは町の名前です。

サンゴーダンスを後にして、ルルドへ寄る前にポーの町へ寄りました。
サンティアゴ・デ・コンポステラの巡礼者を迎える地でもあるようだし、何かあるに違いないと期待して行ったのですが、有名な町の聖堂は工事中、町はマルシェで人が一杯。
 ポーへ向かう途中虹がでました~。
とてもきれいな形のアーチです。

 ポーに到着、かなり大都会ですね。

 何か見つかるかなと歩いた町は人で一杯。

 あっ。
街中のサン・ジャック教会・・・尖塔部分がないっ!

 本当は↑こんな風な教会なんだそうです。

 でも中には入れるようで、見学して来ました。



 ステンドグラスがきれいでした。

 装飾も。


マグダラのマリアのステンドグラス。

他にも見るものあったのだろうけど、次の期待所へ移動する事にしました。