2010/04/16

仙人とパン エクスのおいしいパン屋さん

エクスって以外においしいレストランやおいしいパン屋さんがありません。
雰囲気だけよかったり、おいしいときもあるのに、まずくなっているときもある。
まあ、まずいなんて言ってしまってすみませんが、食べられはします。
でも、パリのように簡単においしいものが見つからないんです、こんなに小さな街なのに!

でも、待ちに待ったおいしいパン屋ができました。
しかも何かが変わっている・・・?


↑これはシリアル入りのパン
パンはグラム売りで、半分でも売ってくれますが、たいていの人は1個で買っていきます。

↑これはライ麦パン
1個だとかなりの量です。
私は半分に切って冷凍庫で保管します。
オーブンで焼きなおすと、出来立ての味です。

これはパン用の紙袋です。
ロゴの上にあるのは仙人像がパンを持った写真です。(笑)
なぜに仙人???
そして、サブタイトルで"des pains qui parlent"「話すパン」
もしかして、新興宗教?
などと思わせる場面もありますが、とにかくおいしいので是非お試しあれ!

扉の取っ手も仙人がパン持っています。


目立たないお店です。
見逃さないように。

" FARINOmanFOU"

5 rue Mignet
日、月と午後はお休みのようです。

花粉アレルギー 花粉のエキスを飲む減感作療法 

日本ではスギ花粉しょうがひどく、私の場合2月初めから3月中旬まではくしゃみ鼻水の止まらない季節でした。
南仏なら日本にあるようなアメリカ杉はないので、いいんでない~?
と思っていたら!

南仏はイトスギがあって、私はイトスギの花粉症だと言う事がわかりました。
そのほかにもプラタナス、ミモザ、いろいろありますが、イトスギが一番ひどいのです。
なんと去年は2月~7月までの半年間!薬を飲み続けてしまいました。
結局日本よりひどいじゃないですか!

エクスのアレルギー専門医に診察してもらうと、減感作療法をはじめましょうと言われました。
減感作療法というと、注射を打ったりしなければならないのかな?と思っていましたが、今は大変簡単になっています。
花粉のエキスを飲む療法です。

初めは薄いエキスを毎日取ることから初め、何週間か経って一番濃いエキスにたどり着くと、週に3回と回数が減ります。
私は去年の9月に始めたので、今で約8ヶ月。
今でもずっと外にいたりすると、花がムズムズ、目も痒くなります。
でも去年よりはだいぶ症状が軽い気がします。
薬を取る回数が激減しました。

旅行へ行くときも欠かさずこの瓶を持って出かけます。↓


瓶にはCupressacre, 300IR,そして患者の名前などの情報が載っています。
Cupressacreとはイトスギの事で、300IRは濃いエキスの数字。初めは10IR、次に100IRそして300となりました。
注射器でエキスを垂らし、2秒間舌の下に置くと言いうもの。
この療法は最低3年は続けなければならないそうです。
冷蔵庫で保管しなければならないのと、週に3回欠かさず飲まなければならないのが面倒くさいですが、今は慣れました。
これに期待して来年は更に良くなりますように!

猫を飼いたいので猫アレルギーも治るといいな・・・。

POLYCLINIQUE DU PARC RAMBOT
2 Av du Dr Aurientis
13100 Aix-en-Provence
先生 : Dr BALDOCCHI
04 4221 5059

要予約(予約は約1ヵ月後になります)
この療法を始めるのは、花粉の症状がひどいときにはじめるより、花粉の症状のない季節にはじめるのが良いそうです。

※ 2011年5月20日
減感作療法をはじめてから約1年半が経ちました。
マルセイユに引越しをしたので、マルセイユのアレルギー専門家へ診察してもらい、テストもしましたが、大分改善されているとの事。
年の半分は薬を飲まなければならなかった年に比べて今は年に6日程で済んでいます。
完全には直る事はないそうで、多少の症状はでるのだそうです。
薬を飲む日数が6日で済んでいるなら直ったも同然とのことで、減感作療法は終了いたしました!

ですが、気になる事が・・・
エクスの先生Dr BALDOCCHIはアレルギーの専門医ではないそうです。
しかも半年前からエキスの種類を勝手に変えられ、飲み方も説明が無かったので適当に飲んでしまっていました。 なんの疑問も持たずに・・・。
アレルギーの出る季節のみ週に3日飲むものを私は年間通して週に3回飲んでいたので、過剰摂取していた事になります。
でも北欧で私のような飲み方をしているのだそうです。

エキスを帰られてからは、自己流だったので急に摂取量が減ってしまい、ある時なかなか減らないエキスに気がつきました。
薬剤会社へ問い合わせたところ、前のエキスから変更するなんて信じられない事、ありえない事だったそうで、先生に確認した方が良いとのことでした。
でも、カルテも自分で書かないようなあんな医者には2度と行きたくないと思っていたところだし、マルセイユに越したので丁度良かったのです。

確かにエキスを変えられた直後日本へ帰っていたのですが、過剰なアレルギー反応が出始めていました。
あのエクスの医者め!
まったくひどい医者でした。

あぁ~、マルセイユで幸せ。うふ。



2010/04/08

車いすでフランス旅行 例えばパリ

車いすの方の海外旅行、今まで「難しい事なんかないでしょう」と思っていました。
なぜならテレビなどのメディアで流れている情報は、身体障害者の方は普通の人と同じように生活している。
と思わせるからか、自分の知識が全くなかったからなのか。

でも、本当は大変なんです。
健常者に比べていろいろな不可能な事があるんです。
特にフランスはバリアフリーな場所が少なすぎる!

今、車いすの方々のツアーの手配や調べ物をしています。
健常者の方の旅行と比べて、知らべておかなければならない事がいっぱいあります。
レストランにトイレ、美術館のアクセス。
駐車場の予約、行きますよ~という連絡を入れたりと。
情報が少なすぎて、時間ばかりが過ぎていきます。

先日は、オペラ座の見学はできるかな?
あそこはエレベーターあったっけな?などと思いながら、ネットで調べてやっと見つけた車いすの方専用の電話番号。
行けるじゃん、と思い電話で確認してみる事に。
私「すみません、8人のグループなんですが」
係り員「普通の見学はこの電話番号じゃありません、これは身障者用の電話番号です。」
いきなり冷たい応対。
これは身障者に対しての対応じゃなくて、パリの人ってこういう冷たい、もしくは攻撃的な応対の人が多いんです。
私「だからここに電話したんです。車いすの方4人と付き添い4人ですが、オペラ座の見学をしたいと思って・・・」
言い終わるか終わらないかのうちに
係員「オペラ座見学は車いすの方は無理です!」
私 唖然・・・(だって身障者用の電話番号じゃないのー!?)
ビックリしていたら、
係員「それでは、さようなら」
ガチャンと思いっきり電話を切られました。

しばらく立ち直れませんでした(私って案外打たれ弱いのよ)。
なんだか身障者の方の気持ちになってしまったような・・・、こんな事では皆さんなんとも思わないのでしょうが、もし日常生活の中で、こんな事ばかり起こるのだったら傷ついてばかりです。
とてもじゃないけど、普通の人のように生活、なんてできません。

私は親に甘やかされて育だち、バブルのいい時期も少し知っていて、あまり仕事にも困った事がなく生きてきたので(フランスに来る前までは!)、かなりのアマちゃんです。
親も早くに亡くしてしまい、介護にも関わりませんでした。

こんな打たれ弱い私ですが、以外に立ち直りも早く、しかも困難にぶち当たるといつも以上に力が湧いてくるのです。
海外旅行で問題がないことの方が少ないけど、できるだけ不敏な思いをしないで済む滞在にしてもらわなければ、と。
オペラ座見学が無理なら、他に行けばいいのよ。
と思い立ち、もちろんたくさん回る候補はあったので探し始めました。
ルーブル、オルセー、オランジュリー、ヴェルサイユ、これらの有名なお城や美術館はバリアフリーとうたっています。
しかし、実際には、いくらか段差があるところもあれば、車いすの方用の入り口を捜さなければならないし、駐車場の予約や、個人の旅行者や健常者のグループとも違った手配が必要なんです。
特に世界遺産もあちこちにある伝統を守るこのお国柄、スロープなんてありゃしないし、道はごつごつのパヴェで平らなコンクリートも少ない。
健常者でも困るトイレの問題などで、私の頭はいっぱいになりました。

逆に言えることは、意外と公共の交通機関はバリアフリー化が進んでいる所もあって、パリ市内のバスは車いすの人対応になっていて、自分でボタンを押し一人で乗れる仕組みになっています。
人に手助けしてもらわなくても自分でバスに乗れる、というのが良いところです。
電車やメトロはまだまだ難しいですが、バスやトラムは大いに活用できます。

身障者の方はできることは自分でやるのですから、できないことは健常者の私も含めてみんなが助けてあげるべきだと思います。
それくらいは当然のこと。
それを面倒くさがったり、恥ずかしがったりせず、お手伝いしてあげてください。
身障者の方も申し訳ないという気持ちは持たないで欲しいんです。
当然のように思っていてくださいとは思いませんが、
すみません、とか迷惑を掛けてしまって・・・というのはこちらも困ります。
「ありがとう」の一言だけでいいと思います。



PS : ちなみに、オペラ座の車いすの方専用の電話番号は、観劇をする方用の電話番号のようです。
裏の段差のない(または少ない)入り口から入場し、エレベーターで上がり、ホールの入り口まで車いすで行きます。
その後、座席に行くときは車椅子を降りなければならないようですので、付き添いの方も必要になるようです。

2010/04/07

ENOTECA DAUCILA イタリア リオマッジョーレのレストラン

リオマッジョーレ滞在2日間ともこのレストランへ行きました。
港まで降りていく途中の左側にあるお店。
" ENOTECA DAUCILA"


これは、ツーリストメニューなるものとでも言いましょうか。
16ユーロで、1皿目はアンチョビとトマトのスパゲッティかバジルペーストのジェノヴェーゼ・パスタのどちらかを選び、2皿目は魚介のフライと付け合せ。
付け合せは野菜のグリルかポテトフライから選びます。
断然野菜のグリルをお勧め。
スパゲッティもおいしかったですが、私はジェノヴェーゼのパスタが気に入りました。
2皿目があんなにたくさん出てくると知らず、全部食べてしまいました。
カメラを持っていかず、1日目の写真はありません。

2日目はアラカルトで頼んでみました。
ああぁ~でもあのジェノヴェーゼもう一度食べたい・・・

これは相方の。
私はアレルギーで牡蠣は食べられません!

小さいイカフライ。
なんだか懐かしい味!

野菜のグリルです。
見栄えは悪いけど、おいしいんだこれが。
とくにフヌイユ(英語ならフェンネル)、例えるとセロリに近いようななんだか不思議な味ですが、グリルにするとこんなにおいしいとは。


えびとズッキーニののニョッキ。
うま・・・うま・・・うますぎる~・・・

デザートはパンナコッタ

以下の写真はおまけ。
レストランの前にいつもいる猫達。


" DAUCILA"
Riomaggiore - Cinque Terre - La Spezia
Via San Giacomo, 65
TEL 0187 760032

イタリアの世界遺産 ”5つの村” チンクエ・テッレ 

チンクエテッレは北イタリアにある5つの村の事です。
何年か前にNHKの番組でこの村のことを知り、機会があれば行ってみたいと思っていました。

電車やバスも結構あるので、逆に車の方が不便かもしれません。
日帰りで全部見てまわるのは厳しいので、最低1泊はしたいですね。
ミラノ、フィレンツェ、ジェノヴァ、スペツィアから電車がでているようです。
かなり歩くのが好きな人は、5つの村の端から端まで(リオマッジョーレからモンテロッソ)徒歩で5時間・・・だそうです。
9km、かなり険しい道でしょうけれど。

① リオマッジョーレ村 Riomaggiore
ここに2泊しました。村のメインストリートにある紹介所で宿を取りました。
1泊60ユーロ。
アパート式で港のアパートのうちの一つです。
この村においしいレストランがあったので、2日間とも夜はここで食べました。


② マナローラ村 Manarola
こことリオマッジョーレが一番チンクエ・テッレらしい雰囲気です。(私の中では)
マナローラとリオマッジョーレ間は、海沿いの「愛の小道」を歩いて15分ほど。
電車なら2分と激近。


③ コルニリア村 Corniglia
駅から村に行くために登る階段は、かなりの数でした・・・。
ここで花粉症悪化!

④ ヴェルナッツァ村 Vernazza
ここへは車で行ったため、かなりクネクネ道を行かなければならず、やはり電車が便利なところだと再発見。
猫があちこちにいて、夕暮れもまたきれいでした。

⑤ もうひとつモンテロッソ・アル・マーレ村(Monterosso al Mare)がありますが、時間がなく車では通りかかるのみ。
夏はビーチがにぎやかなようです。


⑥ ポルト・ヴェネレ村 Porto Venere
チンクエ・テッレから近い港町。
5つの村に比べて比較的広く開放感があります。
ここでジェノヴェーゼのペーストを買いました。

チンクエテッレは、11世紀に生まれた村々で陸地からの道はなく、人々は船で行き来していたようです。
平地もなく痩せたこの土地を利用して、ワイン用のぶどうやオリーブを段々畑で栽培し、村人達は生きる糧にしていたようです。
ここでのワインはジェノヴァの商人により輸出されていたとか。
ここは北イタリア、と言っても緯度から行くと南フランスと同じはず。
南フランスの人は働きませんが、ここの人たちは良く働きます。
南イタリアはまた違うのでしょうね。

2010/04/05

北イタリア紀行 第7弾 おまけ

ヴァンテミリアを通って車でマントンへ向かいます。
ヴァンテミリアの海岸。
ここはなんだか寂しい街でした。
地元の人には普通なんでしょうけれど、観光地ではありません。

ヴァンテミリア。
裏道はちょっと怖い雰囲気もありました。


さっさとイタリアを後にして、フランスへ戻ります。
イタリアとフランス国境には特にパスポートをチェックする税関もなく、はじめは他の国に入ったのかどうかはっきり分りませんでした。
上の写真は、ジャンコクトー美術館。

10数年前に始めてきてから、3回目のマントン。相変わらず同じです。

教会のある高台にある広場。

マントンはその昔ジェノヴァ王国の一部だったそうで、ジェノヴァがイタリアになる前の話です。
今はおじいちゃん、おばあちゃんの保養地のようになっていて。
夕方になると早々とお店が閉まります。
カフェやバーも早々と閉めてしまうので、この小さな街で、アペロする場所を探すのに1時間くらいかかりました。(大げさ?)
やっと見つけたところはタパス屋さんで、まあまあおいしかったです。
選択肢がないので、すごくいいレストランかと勘違いしてしまいますが・・・。


サン・ポール・ド・ヴァンスにもよりました。

なぜここに来たのかと言うと、マティスのチャペルが見たかったからですが、サン・ポール・ド・ヴァンスではなく、ヴァンスだった事を発見。
もう何年も来ていなかったので、忘れていましたが、すぐに移動して見に行きました。
チャペル内は撮影禁止だったので、写真はありません。
あしからず。

2010/04/01

北イタリア紀行 第6弾 チンクエテッレのマナローラ Manorola

チンクエテッレ最後に訪れたのがマナローラ。
マナローラとリオマッジョーレが一番チンクエテッレらしい雰囲気ではないかと思います。

リオマッジョーレの駅の左側に、マナローラへ続く愛の小道「Val dell'Amore」があります。
2つの村はとても近く、歩いて15分ほど。
この道は通行料が必要で1人5ユーロ程。
この料金は通行料だけではなくて、何か他に見学できる施設の入場料も含まれているのでは?と思いました。
が、特に調べなかったので実際はどうなのかわかりません。
リオマッジョーレとマナローラ間は電車ならば2分。
チケット片道1.3ユーロです。
1日電車を使うならばお得な1日用のチケットもありました。

小道の門の上にあったハート。
小さめの南京錠がたくさん付いてます。

小道のところどころに通りの名前のような表示があって、キューピッドのところはたくさん落書きがしてありました。
ジャーン。
この小道のロゴにもなっているかわいらしい恋人同士の看板。
そしてその後ろにはまたたくさんの南京錠。
どんな意味があるのでしょう。
堅い約束を交わすとか、願い事が叶うとか?

3月で少し花も咲き始めていました。
真ん中に線路の見えているところが駅。
その奥には、マナローラ村の家々が見え隠れしています。


村の中。

教会と鐘台。
高台の広場。

広場から遠くに見えるオブジェたち。
キリスト教のお話が表されているようです。

夜にはライトアップされて、きれいなようですが・・・。
この日はいくつかライトアップされた後、全部点灯されないうちに消えてしまいました。
うまく点灯できなくてあきらめたのか?
単なるテストだったのか?



明日はイタリアとお別れ。
でもまた来ます~。